運命論者ではない 2008/2/18

 

 自己啓発という分野が、広く人々に知れ渡りだしたのは、近年20年くらいのことだろうと思う。たくさんの書籍も発行されている。私も何冊も本を読んだことを覚えている。だが、逆に持って生まれた運命が有ることも忘れては成らないと個人的には考えている。

 女性の多くが好む占いが、運命を考えるための、一つではないだろうか?女性の場合、結婚した男性の影響を強く受けてしまうことから、近未来的な運命を考える傾向が、強いのではないかと考えている。もちろん男性にもある程度同じことが言えるのだが、腕力的な意味からも、男性は女性の行動に制限を加えていくことができる。

 私の一個人的には、自己啓発も運命も信じている。だから、常に努力を惜しむ事無く、日々前進する事を考えている。ある意味これが、運命を受け入れた自己啓発ではないのかと考えている。

ここで改めて運命について考えてみたい。三省堂の大辞林で引いてみたら、「超自然的な力に支配されて、人の上に訪れるめぐり合わせ、天命によって定められた人の運。」と出ていた。

「超自然的な力」が運命ならば、自己啓発は「自己努力によって克服する力」とでも考えるのが自然ではないだろうか?私は、自己啓発により運命を克服するという考え方が一番自然な考え方だと思う。自己啓発の最も核心的なところだと私は考えている。だからこそ「私は運命論者ではない」と断言できる。

 人間は生まれながらにして、差のある環境に生まれてくる。まず、子供の時にこの環境を克服するところから始まるわけだ。この幼い時の考え方が人生を左右するのではないだろうか?幼い時に「自分は何もできない」「自分は弱い人間だ」などと考えてしまったら、運命を克服することができなくなってしまう。

 私自身はどこかにいつも強気で、「誰にも負けはしない」と考えていたような気がする。今、忍耐と克服の連続ではある。自分自身を顧みても、子供の頃は体も小さくいじめられることも多かった。この時も私自身が「大人に成ったときには負けてはいない」と考えていたことが思い出される。

 私自身完全な成功者ではないが、運命に流されない考え方についても徐々に書いていきたい。